つながりと共鳴
本セクションでは、ジミー・ツトム・ミリキタニが自身の作品のなかで言及し、敬意を寄せてきたさまざまなアーティストとのつながりや共鳴に焦点を当てます。そこには、日本人や日系アメリカ人のアーティストに加え、ニューヨークを拠点に活動した者、あるいはトランスナショナルな文脈で制作を行ったアーティストたちが含まれます。
ミリキタニがたびたび回顧していたアーティストには、ジャクソン・ポロック(1912–1956年)、国吉康雄(1889–1953年)、岡田謙三(1902–1982年)、藤田嗣治(レオナール・フジタ、1886–1968年)、小圃千浦(1885–1975年)、ロジャー・シモムラ(1939年生まれ)、そして日本画の師である木村武山(1876–1942年)や川合玉堂(1873–1957年)などがいます。なかでもポロックは、ミリキタニの作品に繰り返し登場し、モントークにあったポロックのスタジオを訪れた思い出や、二人のあいだに育まれた友情が描かれています。またミリキタニは、自身のドローイングにみられる渦を巻くような線をしばしば「ポロック・スタイル」と呼びましたが、この表現は同時に、東アジアの伝統絵画に見られる躍動感あふれる筆遣いを連想させます。
こうした芸術家たちへの言及や、思いがけない共通点の提示は、国境を越えて活動したアーティストとしてのミリキタニの複層的なアイデンティティを浮かび上がらせます。日本で育った日系アメリカ人であり、ニューヨークの路上で制作を行ったした日本画家であり、太平洋を越境する経験を通じて形成されたアーティストでもあったミリキタニ。彼の立ち位置は、アーティストを国、民族、流派で分類することが多い美術史の枠組みに、安易には収まりません。
ミリキタニが描いた「つながり」や「共鳴」は、国や民族、流派といった境界を越えて、日本絵画、ニューヨークのアート、日系アメリカ人の歴史がどのように交差し、結びついているのかを私たちに気づかせてくれます。彼の作品は、固定されたカテゴリーでは捉えきれない、思いがけない共通点や複雑な関係性を浮かび上がらせてくれるでしょう。
Jimmy Tsutomu Mirikitani, untitled (Yasuo Kuniyoshi and rabbit), 2012, Collection of Linda Hattendorf, Taos, New Mexico, EL2024.094
ビデオによる紹介
このビデオは、リンダ・ハッテンドーフ監督によるドキュメンタリー映画『ミリキタニの猫』には収録されなかった映像をもとに、彼女自身が編集したもので、ジミー・ツトム・ミリキタニの人生と作品における重要な瞬間を捉えています。
ミリキタニとロジャー・シモムラが、食事を囲みながら、芸術、友情、そして共有する歴史について語り合い、国吉康雄やジャクソン・ポロックといった人物とのつながりをたどっていきます。また、ミリキタニが日本の書道の普及に努めていた観峰文化センターを訪れる様子も収められています。
untitled (Yasuo Kuniyoshi and rabbit)
untitled (Yasuo Kuniyoshi and rabbit), Jimmy Tsutomu Mirikitani
untitled (Yasuo Kuniyoshi and rabbit) label
本作は、大きなウサギのイメージを中心に、ミリキタニが生涯にわたって関わってきた人々を主題とするコラージュ作品です。画面右側には、ミリキタニが1950年代にニューヨークで出会ったと回顧していた日系アメリカ人画家・国吉康雄(1889-1953年)の写真とともに「Kuniyoshi」という文字が添えられています。左側には、1975年にニューヨークで観峰文化センターを設立した日本人書家、原田観峰(1911–1995年)の肖像と、日本語で「平和」と記された文字が配されています。さらに、国吉の横には赤いベレー帽をかぶったミリキタニの姿や、ピースサインをする映画監督リンダ・ハッテンドーフ、姉と写るミリキタニ、そして鷹の絵を描いている彼自身の姿も画面に含まれています。この鷹の絵は、ミリキタニのお気に入りの作品だったといわれています。
個人的に関わりをもった人物や歴史上の人物、日本とアメリカの国旗がコラージュされた本作は、国境を越えて形成されたミリキタニの記憶が、彼の創造的表現をいかに複雑に形作っているかを示しています。
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untitled (grapes for Jackson Pollock)
untitled (grapes for Jackson Pollock), Jimmy Tsutomu Mirikitani
untitled (grapes for Jackson Pollock) label
ミリキタニは、複数の作品を通してジャクソン・ポロックとの友情を回想しています。本コラージュ作品は、ミリキタニがおそらく1950年代にロングアイランドのモントークでポロックと過ごした楽しい時間を回想したものです。当時、ポロックとリー・クラスナーはモントークにアトリエを構えており、ミリキタニは近隣のレストラン「トレイルズ・エンド」で料理人として働いていました。
若きポロックの写真やブドウの絵とともに、ミリキタニは親しみ深いエピソードを通して、ポロックとの思い出を語っています。ポロックに頼まれて大きなブドウのパイを焼き、5日間彼のアトリエに滞在したという出来事です。作品には手書きの日本語で、「画友ジャクソンポーラック イーストハマトン ロングアイランド 青年時代 青年時代」と記されています。
ブドウの蔓が画面を大胆に斜めに横切る縦長の構図は、日本や東アジア絵画の伝統を思わせます。また、蔓の渦巻く線は、東アジアの書道の筆の動きを想起させると同時に、ポロックの身体性を帯びた線の表現にも通じています。ミリキタニは、この心温まるエピソードと自身の絵画表現を通じて、ポロックとの幸せな時間と友情を振り返っています。
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untitled (Roger Shimomura and white dragon)
untitled (Roger Shimomura and white dragon), Jimmy Tsutomu Mirikitani
untitled (Roger Shimomura and white dragon) label
ロジャー・シモムラとジミー・ツトム・ミリキタニ。世代の異なる二人の日系アメリカ人アーティストは、戦時中の強制収容という共通の歴史と、記憶やアイデンティティの表象への深い関心によって結びついています。日系アメリカ人三世の画家・版画家であるシモムラは、ミニドカ強制収容所で過ごした祖母の日記を鮮やかなポップスタイルのイメージへと翻訳し、人種的ステレオタイプを批判してきました。一方、トゥーリーレイク強制収容所を生き延びた日系アメリカ人二世のミリキタニは、自身の人生を、拾い集めた素材を用いたドローイングやコラージュへと変換し、苦難の経験を創造的な証言へと昇華させました。
本コラージュ作品は、シモムラの名刺、二人の写真、そしてミリキタニの代表的な龍の図像を組み合わせ、二人の人生と芸術的ヴィジョンが交差する地点を捉えています。『ミリキタニの猫』の監督リンダ・ハッテンドーフの名前も作品に含まれており、ミリキタニの作品が世に知られるに至った、人と人とのつながりも示唆しています。重層的に織り交ざったイメージとテキストを通じて、ミリキタニはシモムラを、自身と同様に芸術を通して不正に向き合い、日系アメリカ人の経験を描き続けてきたアーティスト仲間として位置づけ、敬意を表しています。
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考察
こちらでは、「つながりと共鳴」セクションに出品されている以下の作品について、彼の親しい友人でありドキュメンタリー制作者でもあったリンダ・ハッテンドーフとマサ・ヨシカワ、ならびに本展担当キュレーターの金子牧が共同で執筆した解説文をお読みいただけます。これらは展覧会図録より転載したもので、図録にはミリキタニの作品に関するさらに多くのエッセイや論考が収められています。
untitled (“Shōchikubai”: pine, bamboo, plum; “the three friends of winter”), Jimmy Tsutomu Mirikitani
External Resources
詳しく見る:作家の関係
ミリキタニとロジャー・シモムラが、食事を囲みながら、芸術、友情、そして共有する歴史について語り合い、国吉康雄やジャクソン・ポロックといった人物とのつながりをたどっていきます。ミリキタニが、風景画で知られる川合玉堂との関係について語った様子を収めた。ミリキタニが、セントラルパークで休息をとりながら、コロンビア大学での思い出やジャクソン・ポロックとの出会いを回想する様子を収めた、リンダ・ハッテンドーフによるビデオ映像です。

絡まり合う記憶
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