このセクションでは、本展覧会が「ストリート日本画」と呼ぶ、ミリキタニの芸術表現に焦点を当てます。1920年にカリフォルニア州サクラメントで生まれ、広島で育ったミリキタニは、戦前の日本で、日本画を学びました。日本画とは、19世紀後半、急速に進む西洋化のなかで、日本の絵画の伝統を守りつつ、それを新たな時代に適応させることを目的として発展した近代美術の一潮流です。

ミリキタニが路上で制作した作品は、一見すると、彼が若い頃に学んだ日本画や、日本の伝統的な美意識とは大きくかけ離れているように見えるかもしれません。しかし注意深く見ると、彼がその伝統に一貫して関わりながら、路上で見つけた素材や人々との出会いを通じて、その枠組みを独創的に変化させてきたことがわかります。ミリキタニは、通行人や近隣住民から寄付されたボールペンやクレヨンといった画材、あるいは路上で拾い集めた素材を用いて、猫、魚、花鳥、龍といった日本画の代表的なモチーフを描き続け、その視覚的効果や素材の質感を新たに再構築しました。

これらの作品は、ミリキタニを取り巻く環境の現実と、ニューヨークのストリートがもつ創造的な可能性の双方を照らし出しています。そこでは、日本画の伝統、都市の物質文化、そしてロウアー・マンハッタンに息づく共同的なスピリットが交差する、越境的な表現としての「ストリート日本画」が形づくられています。

A man in a winter coat sits on the ground in a park and draws on a large piece of paper with crayons

Satō Tesurō, Jimmy Tsutomu Mirikitani on the streets, 1990s, Courtesy of the artist, EL2025.060

ビデオによる紹介

このビデオは、リンダ・ハッテンドーフ監督によるドキュメンタリー映画『ミリキタニの猫』には収録されなかった映像をもとに、彼女自身が編集したもので、ジミー・ツトム・ミリキタニの人生と作品における重要な瞬間を捉えています。

ミリキタニがソーホーやチャイナタウンのコロンバス・パークにおいて、足を止めた人々に制作過程を説明する様子が収められています。黒澤明を称えるコラージュ作品など、展覧会に出品されている作品も登場します。

untitled (hawk on a pine tree)

untitled (hawk on a pine tree), Jimmy Tsutomu Mirikitani

Material/technique: painting; ink; color; paper
Credit line: Hino Family Collection, Hiroshima, Japan
Accession number: EL2025.039

untitled (hawk on a pine tree) label

ミリキタニは、1920年代から1930年代にかけて、日本画の巨匠である木村武山(1876-1942年)および川合玉堂(1873-1957年)に師事して日本画を学んだことを振り返っています。本作の題材や、作品に見られる緻密な筆致からは、日本画の修行を通して培われたミリキタニの技量が明確にうかがえます。特に、松にとまる鷹の描写は、日本画家たちに深い影響を与えた狩野派の絵画を象徴するモチーフです。14世紀にはじまる狩野派は、主に幕府をパトロンとする御用絵師として活動し、松・竹・梅や、虎や鷹といった権力と繁栄を象徴する主題を好んで描きました。鷹と松のモチーフを用い、洗練された筆致で鷹の荘厳な存在感を捉えた本作は、ミリキタニが日本画の伝統を受け継ぐ画家であることを端的に示しています。後の「路上の時代」に描かれた作品、例えば『無題(鷹と梅の木)』にも、鷹のモチーフが繰り返し登場しており、ミリキタニが日本画の伝統に対して誇りを持ち続けていたことが、うかがえます。

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Seabrook photos

Sumi-e painting presented to Charles F. Seabrook by Mitsunobu Mirikitani

Black-and-white photograph of a painting depicting three carp and water plants
Black-and-white photograph of a painting depicting three carp and water plants
Sumi-e painting presented to Charles F. Seabrook by Mitsunobu Mirikitani
circa late 1940s
Sumi-e painting presented to Charles F. Seabrook by Mitsunobu Mirikitani, circa late 1940s
Material/technique: Digital photograph
Credit line: Seabrook Education and Cultural Center, Seabrook, New Jersey

Mirikitani presenting koi painting to Charles F. Seabrook, founder of Seabrook Farms

A black-and-white photograph of a young Asian man and an older white man holding a painting of three fish
A black-and-white photograph of a young Asian man and an older white man holding a painting of three fish
Mirikitani presenting koi painting to Charles F. Seabrook, founder of Seabrook Farms
circa late 1940s
Mirikitani presenting koi painting to Charles F. Seabrook, founder of Seabrook Farms, circa late 1940s
Material/technique: Digital photograph
Credit line: Seabrook Education and Cultural Center, Seabrook, New Jersey

untitled (hawk on a pine tree) label

1940年代後半に撮影された2点の写真には、若き日のミリキタニが、鯉の墨絵をニュージャージー州カンバーランド郡のシーブルック・ファーム所有者であるチャールズ・F・シーブルックに贈呈している様子を写しています。鯉は、ミリキタニの故郷・広島と深い結びつきをもつ象徴的なモチーフとして知られています。第二次世界大戦後、当時アメリカ国内で有数の冷凍・缶詰野菜生産会社であったシーブルック・ファームは、戦時転住局と協力し、収容所から釈放されたばかりの日系アメリカ人を雇用し、シーブルック・ビレッジの企業城下町に住宅を提供しました。1944年1月に募集が始まってから1年以内に約1,000人がシーブルックに移住しました。その後、1945年末には雇用者数が1,600人を超え、1940年代後半には数千人に達しました。 

多くの人々にとって、シーブルックは避難所である一方で、戦時中および戦後に米軍へ食糧を供給する厳しく管理された産業地帯でもありました。ミリキタニの作品贈呈を捉えたこれらの写真は、戦後アメリカにおける移住、労働、そしてコミュニティ再建という複雑な瞬間を捉えています。 

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Jimmy Tsutomu Mirikitani on the streets

Jimmy Tsutomu Mirikitani on the streets, Satō Tetsurō

Material/technique: digital file
Credit line: Courtesy of the artist
Accession number: EL2025.060

Jimmy Tsutomu Mirikitani on the streets, Mikiko Matsuzaki

Material/technique: digital file
Credit line: Courtesy of Mikiko Matsuzaki
Accession number: EL2025.067

Jimmy Tsutomu Mirikitani on the streets label

1990年代から2000年代にかけて、佐藤哲郎(1961年生まれ)と松崎美紀子(1970年生まれ)は、ニューヨークの路上でミリキタニを撮影しました。佐藤は出版社勤務を経てフリーのカメラマンとなり、ニューヨークでミリキタニをはじめとする多くの路上生活者の人々を記録しました。彼の写真には、ミリキタニがロール紙にクレヨンで描く様子が捉えられており、その傍らには、道ゆく人やカメラに向けて置かれた鳥の絵が写っています。

一方、松崎は2000年、東南アジアをバックパックで旅した際に写真に魅了されました。その後、写真を学ぶためにニューヨークへ渡り、そこでミリキタニを撮影しました。松崎によるミリキタニの写真は、被写体としての自覚が感じられる佐藤の写真とは対照的に、より自然で率直な姿を捉えており、ほとんどカメラの視線を意識していないように見えます。路上に仮設された生活空間の中で、ミリキタニは片手に飲み物、もう一方の手に食べ物を持ち、リラックスした様子を見せています。佐藤と松崎の写真は、ミリキタニの路上での日常生活と創作活動を、異なる視点から浮かび上がらせます。 

2016年にマサ・ヨシカワが制作したドキュメンタリー映画『ミリキタニの記憶』では、佐藤と松崎がミリキタニについて語る様子が捉えられています。

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Sawyer and table cat

Mirikitani with round table cat and Robert A.B. Sawyer, Charlotte Sawyer

Material/technique: digital file
Credit line: Robert A.B. Sawyer Collection
Accession number: EL2025.062

untitled (round table cat), Jimmy Tsutomu Mirikitani

Material/technique: wood; color
Credit line: Robert A.B. Sawyer Collection
Accession number: EL2025.061

Sawyer and table cat label

ソーホーの路上で生活し、制作を行っていた頃、ミリキタニはしばしば近隣住民に絵を販売していました。ソーホー在住のロバート・ソーヤーは、ある晩、ミリキタニが円形のテーブルトップに描いた猫の絵を購入しました。この作品は、ミリキタニが身近にある素材を独創的に活用していたことを端的に示す一例です。作品とともに二人の姿をとらえた写真は、ソーヤーの妻であるシャーロットによって撮影されました。広告業界で長年活躍し、詩人としても知られるソーヤーは、後にこの出会いを詩『プリンス通りのミリキタニ』のなかで振り返り、路上に即席で設えられたミリキタニのアトリエの様子を次のような言葉で描写しています。

His tools neatly laid out: rolls of paper, sheaves of cardboard, 
Stacks of spiral-bound notebooks. 
A soup can filled with plastic pens, a cigar box with crayons— 
All within hand’s reach. 

ソーヤーの回想は、ソーホーの喧騒の中でミリキタニが培った豊かな芸術性と、尊厳をたたえた創作活動の様子を鮮やかに伝えています。

考察

こちらでは、「ストリート日本画」セクションに出品されている一部の作品について、彼の親しい友人でありドキュメンタリー制作者でもあったリンダ・ハッテンドーフとマサ・ヨシカワ、ならびに本展担当キュレーターの金子牧が共同で執筆した解説文をお読みいただけます。これらは展覧会図録より転載したもので、図録にはミリキタニの作品に関するさらに多くのエッセイや論考が収められています。

untitled (“Mt. Fuji” and flames in homage to Hayami Gyoshū), Jimmy Tsutomu Mirikitani

Where object was made: United States
Material/technique: paper; drawing; colored pencil; ballpoint pen
Credit line: Museum purchase: R. Charles and Mary Margaret Clevenger Art Acquisition Fund
Accession number: 2020.0221

External Resources

詳しく見る:墨絵

ミリキタニがシニアセンターで伝統的な墨画のデモンストレーションを行う様子を収めた、リンダ・ハッテンドーフによるビデオ映像です。

Landscape drawing of a red-and-orange mountain with a red sun above it and orange buildings in front along with small human figures and a rabbit

Jimmy Tsutomu Mirikitani, untitled (Tule Lake: artist, rabbit, woman and child), circa 2001, Collection of Linda Hattendorf, Taos, New Mexico, EL2024.155

トゥーリーレイク―記憶の風景

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